TACメールマガジン

 

資格の学校TACTACメールマガジン米国公認会計士バックナンバー

TACメールマガジン 米国公認会計士バックナンバー

米国公認会計士バックナンバー

2023/06/30
成功し続ける方法/531回<利他こそが最高の自利(4)>
#531 利他こそが最高の自利(4)


このシリーズの最後に、経済学的な検討を加えてみましょう。《ゲーム理論》という分野の知見を活用すれば、ある状況においては利他的な行動が最も効率的で合理的な選択となることを示すことが可能です。

そうです、超・有名な「囚人のジレンマ」の話です。

2人の容疑者が厳しい取り調べを受けています(2人は隔離されていて連絡を取ることはできない)。2人とも頑なに黙秘を続けるのに困り果てた取り調べ側は、それぞれに条件を持ちかけます。

・1人だけ自白した場合は無罪放免にしてやる。もう1人の自白しなかった方は懲役10年とする。

・2人とも自白した場合は2人とも懲役5年にする

・2人とも自白しなければ2人とも懲役3年

2人の容疑者がそれぞれ自利だけを最大化しようとすると(この場合は、自分だけ無罪になろうとすると)と、2人とも自白するので、結果として両者ともに5年の刑をくらいます。

しかし、もし2人が互いを【信用】して利他的な行動を選択する(つまり黙秘を貫く)ならば、両者とも3年ですみます。

===

この「囚人のジレンマ」は、あまりに単純化されすぎていてリアリティーに欠けると思われるかもしれません。実際の《ゲーム理論》は相当高度でして、かなり現実的な応用が可能です。そこで得られる結論は、「自利だけを追求するのではなく、利他的に協力し合うことが、結果的に自分にとっても良い結果を生む」という理論なのです。

ただし、そうなるためには相手への【信用】が前提になります。この【信用】とは、無条件に信じ込むお人好しのことではありません。

「相手が自分を裏切るときには、相手は必ず裏切りのコストを払うことになる。相手はそのコストの大きさを知っているので自分を裏切らない」

という状態を【信用】と呼ぶのです。つまり、相手にとって「裏切らないほうがコストが低い」から相手は裏切らないだろうと期待することです。

容疑者だの裏切りだのと言葉がキツいので、犯罪組織の話に聞こえたかも知れません。しかし例えば、善良な市民が銀行やカード会社などからの借金をちゃんと返そうとするのも同じ理屈です。期限までに返さないという「自利」のために何年間もキャッシングできなくなるというコストを負うのはバカバカしい。毎月の電気ガス水道電話代をちゃんと払う、というのも同じです。

社会は、まさか他人がルール違反しないだろう、とつぜん自分に襲いかかってこないだろう、なぜなら、そんなことをするとその人はとてつもなく大きなコストを払うから、という【信用】で成り立っています。

約束を守るとか、迷惑をかけないというのも同じ【信用】の問題です。面倒な約束をブッチしてラクになるという「自利」的な行動は、一見「コストゼロ」に見えます。しっかり約束を果たすというコストの方が高く感じられるのです(要するに「めんどくさいなあ」という状態)。

しかし、約束を破ることで人間関係を切られるとかレピユテーシヨンが下がるという、それはそれは大きなコストに比べれば、約束を果たすコストははるかに小さい。だから合理的に考えれば、利他的な行動が最も合理的な選択となると言えるのです。

このような考え方は、ビジネス、政治、社会生活など、さまざまな領域で適用されます。さらには持続可能(サステイナブル)な企業経営に応用されつつあり、それをIFRS財団が強力に推進しようとしているという話は前回書きました。

===

お気づきと思いますが、上記の【信用】は相手の「コスト計算能力」に期待するものです。「まさかバカなことはしないだろう」という期待です。

これに対して【信頼】とは、相手の「人間性」とか「信念」に期待するものです。相手がコスト(損得)抜きにして、なんなら損をしてでも、約束を守るだろうと期待することです。相手が裏切らないのは、裏切るような人間ではないからだ、という期待ですね。

お互いに【信頼】していることを【信頼関係】といいます。それに対して【信用関係】とはあまり言いません。【信頼】はインタラクティブになり得ますが、【信用】はふつう、優越した上位者が下位者に一方通行で与えるものだからです。

計算(打算)の上に成り立つ【信用】ですが、それであっても「利他が最も合理的な自利」です。ましてや、人間性に立脚した【信頼関係】のうえで「利他」ができたら、本当に素晴らしいですね。

そのためには、他人から【信頼】されるところから。他人に求めるよりまず、自分が「あいつは裏切るような人間ではない」と思っていただけるようにするところから。

忘れないでください。これは道徳や倫理の話ではなく、あくまで「自利」のためなのです!


TAC USCPA講座/草野龍太郎 講師
TACメールマガジントップへ
資格の学校TACのご案内