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#513 自分に勝とうと努力している人は、自分の強さを過信している
タイトルは本田圭佑さんの言葉である。草龍の解釈は、自分の「弱さ」は、決して克服できないし、克服しようとすべきでもない。自分の「弱さ」を客観的に認め、そのうえで何ができるか(得意なことを活かすとか)を考えて実践できること。それが「強さ」である。
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さて、いきなりだが、「聞き上手になりたい」と思っている読者は多いだろう。草龍も新人の時にそう教わった。
具体的には、お客様と話すときにこちらが「話す」時間は多くて2。かならず8の「聞く」時間を取りなさいと言うのだ。
そのために、まずはあいづちの技術は必須。それも、相手の言った言葉の一部をさりげなく繰り返すべきであって、「なるほどですね」みたいなエアーあいづちは、厳禁とされた。
「よかったですね」はギリギリOK。しかし「わかります」も厳禁。まして「ちがいます」というのは、お客様に会わないほうがよかったほどNG。お客様の話には「間違ってる」はない。
それは「お客様は神様」「お客様のおっしゃることにはハイかYES」とは全然違う。ただひたすら「相手はこう思っている」と客観視しなさいということなのだ。
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したがって【ここが最重要ポイントなのだが】、お客様に「どう思う?」と聞かれても、「おっしゃる通りだと思います」など同意以外は言わないこと。求められているのは「異論」「反論」「お叱り」ではない。ただ同意を求められているだけだからだ。
ゆえに、アドバイスをするなど言語道断、駄目オブ駄目絶対。「アドバイスがほしい」という言葉すら、間に受けてはいけない。
「こんな課題があるんだよね」と言われても、それに対して長々と自社のアピールをしてしまうようではゲームオーバーだ。
もし「こんな課題が」と言われたら、「そうですか」とだけ返しつつ、じっと相手を見て、うなずく。するとまた相手は話し始める。相手の話が途切れたら、こちらが沈黙を埋めてはいけない。相手が話し出すまで待つ。
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それでは、一体いつになったら「2」のこちらが話すターンになるのか?
それは「こちらについて質問されたとき」だけである。たとえば趣味。家族のこと。会社のこと。上司のこと。話せる範囲で簡潔に話すが、必ずお客様が自分のことについて話してくれるようにリターンする。
それでも「どうしても、こちらの売りたいモノやサービスの話が聞きたい」と言われたら?そのときには極力簡潔に話す。セミナーの案内をするなどにとどめ、詳細なアピールはしない。提案はぜったいにしてはいけない。
さらにそれでも本当に相手が知りたいなら、お客様は完全に「聞き手」と化して質問をしてくる。
もうお分かりだろう。「8割聴く」ことによってはじめて、お客様が「聴き手」になってくださる可能性が生じるのだ。「こちらの話を2割にとどめないといけない」と思っているうちはビジネスのアマチュアだ。
「8割というコストをかけることで、ようやくこちらの話を聴いていただくというベネフィットが得られる」ということなのだ。「8割聴く」は必要経費なのだ。
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経費の使い方は、とても難しい。ムダ使いはかんたんだが、収益をしっかりあげるための「投資的経費」を活かせるのは、ごく一部のトッププレイヤーだけだ。若いころから訓練をうけて失敗を重ねていないと、誰にでもできる話ではない。
間違って出世してしまった人が、急に多額の経費を使えるようになったものの、それまでの訓練も失敗経験もないために身を持ち崩す。会社あるあるだ。
「8割聴くというコストを使う」というのも、これと同じである。子供のころから周りに甘やかされ「聴かせる」ばかりだった人には、かなりむずかしいはずだ。
あいづち一つとっても、自然に返せるようになるには長年の練習が必要。肯定も否定もせず、媚びへつらいもせず、ただ客観的に相手が放つ情報をインプットする。訓練不足の素人がやってみても、すぐにギブアップするはずだ。
なぜなら、お客様の話は、たいてい「ひどく間違っている」からだ。しかもそれを「この人はなんてひどい経営者だ」「ていうか、もはや経営者失格だろう」などと感じてはいけないのだ。
その際に「感情を殺している」ようでは、まだまだ未熟である。鍛錬を重ねると、お客様の話を聴いても感情が湧いてこなくなる。無理やり抑えなくても、そもそも何も感じなくなる。
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そのような本当の「聞き上手」にまでなれる素質に恵まれた人は、実はものすごく少ない。スポーツや芸術やビジネスで大成功する方々くらいに少ない。『聴く技術』みたいなハウツー本は、いわば「メジャーリーグ野球選手になる方法」という本と同じ、つまり、ほとんどの普通の人には、生涯達成できない超絶エクスパティーズなのだ。
しかも、8割聴くことが「できる」からと言って、それが精神にダメージを与えないわけではない。スポーツ選手のように、疲労が溜まり、故障につながる。プロ野球の投手は一試合投げたら次の登板は6日後とかである。しかしビジネスでは「中5日」というわけにはいかない。
まして仕事で8割聴いたら、プライベートではもはや聴くチカラは残っていない。だから、家族から.....(以下は怖くて書けない)。
ということなので、「8割聴くプロフェッショナル」への道はとても険しい。だれもが「8割聴け」と教わるのに、だれもが話したがる。みんなが持ち回りで「聴き役」を勤めるような職場や組織や家族がほとんどないのは、それが事実上実現不可能だからなのだ。
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以上は、一つの例である。「8割聴く役割」がどれほど疲弊することか、どれほど大変なことか、どれほどことか。それを本当に知らない人が、あなたに「8割聴けるようになれ」と無責任に言っている.....のかもしれない。
そういうような《べき》指導が、世の中にはんらんしている。間に受けてしまうと、上記の「8割聴け」と同じように、精神はボロボロになるし、家族との関係も悪化するような《べき》を、へいきであなたに投げてくる方々がいる。
その最たるものが、「自分の弱さに打ち克て!」という、無責任きわまりない《べき》指導なのだ。
(続く)
TAC USCPA講座/草野龍太郎 講師