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2020/10/15
成功し続ける方法/406回 <「いま責任」と「あと責任」>
企業経営をデータに基づいて行おう、という不穏な動きが起きている。これは日本では「デジタルトランスフォーメーション」と言われ、「DX(ディーエックス)」と略することになっています。

さいきん、この「DX」と、通信の新企画「5G(ファイブジー)が話題沸騰である。関連本やWEBセミナーが目白押しだね。

データに基づいて、経営者がいったい何をするの?と言えば、なんでも「儲からない商品は廃番にする」「儲からないクライアントからは撤退する」というふうに決断を下すんだという。

それを聞くだけで、経営を補佐する立場の読者のみなさんは、一様に思ったことだろう。

ああ、『DX』とやらも、また何十ヶ月か流行って消えるんだな。今まで何回もこういうのがあった。。。

今回の『DX』は、とくにダメそうだよね。その理由は言うまでもない。日本の大企業では、「儲からないという程度のことで」何かやめるなんて最悪のタブーだからだよね。

過去数十年にわたり、ほとんどの企業経営陣は「管理会計(責任会計)」にまったく向き合ってこなかったわけだが、それと同じ理由でもある。

そもそも日本企業では「責任をもって何かをやめる」ような人を「偉く」しない。むしろ早いうちに潰してしまう。

なぜなら、「やめる」商売に張り付けた人員が「かわいそう」だからだ。テクニカルに言えば、その企業で「不要」になってしまった従業員さんの雇用契約を解除することが、日本の大企業にはとても困難だからだ。

80年前。旧・大日本帝国海軍は、戦艦大和に続いて武蔵を建造した。それは「水兵たちが失業したらどうする」「かわいそうだ」との意見に逆らえなかったからだという。

当時、軍も政府も「これからは巨大戦艦の時代ではない、戦闘機にはまったく敵わない」なんてことはよくわかっていた。なんと言っても、真珠湾奇襲によってそのことを世界に証明してみせたのは、当の日本軍自身だったのだ。

しかしその当時、日本には「農村出身だが、長男でないから相続できない男性」がたくさんおられた。かれらが食っていくには職業軍人以外の選択肢があまりなく、そのため軍はかれらを失業させられなかった。そんなリストラをしたら、軍は「世論」「空気」の支持を失ってしまう。それは、日本では許されない。

日本は「空気が王様」「耐乏が将軍」「不謹慎が憲兵」な社会だと言われる。絶妙なたとえだと思う。

その後、、、大和も武蔵もUSの戦闘機の大群に襲われてなすすべもなく沈没し、それぞれ数千の水兵が犠牲となるのは、みなさんご存知の通りだ。

この一件にも象徴されるとおり、日本の大組織では「おれたち(いまの経営陣)がいる中・短期の間、従業員を失業させないこと」が、かなりの勢いで優先されてきた。それは、国土を焼け野原にされても変わらず、80年経ったいまでも健在である。

ダメなものを「ダメだというくらいのことで」やめる・断る・切る、そういうことを日本では「いま」「すぐに」「傷が浅いうちに」着手してはいけないのだ。

そんなことをすれば「世論」「空気」から「かわいそうだ」と非難されてしまうからだ。日本では、それはけっして許されない。

もっともっと状況が破滅的に悪くならないと、「なるほどこれはさすがに企業の決断がもっともだ」と「空気」が許してくれることはない。

(太平洋戦争で連合国に降伏することを「空気」が許すまで、どれほどの破壊と犠牲が必要だったか、、、みなさんもご存知でしょう)

ここから必然的に言えることは、責任の先送りこそが、日本で大きな組織を経営する要諦だということ。

従業員(とくに若い世代)が将来への不安を訴えても、「そういうことは、次の経営陣に解決してもらいなさい」と言われる。そんな経営陣は、実はけっして「無責任」なのではない。ただ「いま責任」でなく「あと責任」なだけなんです。

(この「あと責任」は、このコラムのタイトル『成功し続ける方法』の中核概念だと言ってもよい。何度も書いているので、今回は詳細な説明は割愛する)

「データによる経営」は、昨今のテクノロジーの進化により、たしかに可能は可能になっている。

しくみはこうだ。職場で従業員が働くと、たいていOA機器を使うので、そこに大量のデータ(ワークイベントのログデータ、などと呼ばれる)が発生する。これを捨てずに記録し、それらを分析しなおす(データアナリティクス)。そういう技術が、そこそこ安価に手に入るようになって来たわけ。

しかし、可能と実現は違う。実現すると言うことはとりもなおさず、経営陣が「いま責任」を求められることにほかならないのです。

それは「空気」に逆らうことになるよね。大罪なんです、日本では。

データアナリティクスによって、小さな火事が起き始めていることが見えてしまう。いますぐ経営陣が行動すればすぐ消火できるが、放っておくといずれ大火事になりますよ、などと言うことが、誰の目にも明らかになってしまう。

そうすると経営陣は「空気」らに逆らって「今すぐ」動かなければならなくなる。

「儲からないくらいのことで」商品を廃番にしたり、お客との取引を断ったり、というアクションを「今すぐ」しなければならない。

「パフォーマンスが悪いくらいのことで」従業員さんの報酬を「今すぐ」下げなければならない。この会社ではあなたの時間を無駄にするだけだから、健康なうちに次のチャレンジをした方がいいですよ、と「いま」勧奨しなければならない。

経営陣になるような方々の多くは、「世間」「ふつうのひとたち」よりもずっと先に、いろんなことが見えてしまう。それが見えてもぐっとがまんして「いま」何もせず、もっと大火災になるまで放置する。

その「見て見ぬふり」は、修行というより「荒行(あらぎょう)」である。常人の生半可なメンタルでは、ボロボロになってしまう。

そんな苦労を知らないテクノロジー専門家から「さらに『見える化』が可能です!」といわれる。タクシー広告でもさかんに「DX!DX!」と連呼している。

それを喜ぶ経営陣がいるわけがない、ってことです。

と言うことなので、デジタルトランスフォーメーションについても「骨を断たれないよう、肉や皮を切らせる」という論点ズラしが行われていく。そのシンボルが、、、

そう、「リアルハンコをやめて電子署名にする」っていう話です!



(USCPA講座 草野 龍太郎 先生)
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