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2020/09/24
成功し続ける方法/403回 <DXとは「見える化」のこと。だから難しい>
 デジタル・トランスフォーメーション(略してDX)という流行語がビジネス界を賑わせていますね。DX関連本は書店で山積み。当社はDXに取り組んでいますと宣伝する企業が増え、IR上もDXアピールが重要になっています。
 
 DXの第一歩は、デジタルテクノロジーを駆使して、業務の「見える化」を進めることです。その実現のために、業務プロセスのひとつ一つからログデータをとります。そのログには「誰が、いつ、どの業務アプリで、どんな処理をしたか」が記録されますので、お仕事に関する従業員のふるまいが「見える化」する、というわけです。

 ログデータがしっかりしていれば、あとから縦横無尽に検索することができる。この「検索できる」ことが「見える化」です。みなさんのスマホの中の何万という写真やビデオ、ここから「日時」「場所」「写っている人」「状況(シーン)」などで検索できるようになっていますよね?あの感覚で、いわば業務を写真に撮り続けて、いつでも自由に検索できるようにする。「見える」とは「自由に条件設定して、検索できる」ことです。インスタなどSNSでの「(ハッシュ)タグ付け」も原理はいっしょですが、そのタグ付けをテクノロジーを使って自動にかつ大量にやってしまおうというのがDXの第一歩「業務のイベントログ化」です。

 これにより、どの従業員さんがどんな仕事をしているのか、どんな仕事が得意でどんな仕事だとスタックするのか、誰といっしょのチームだとパフォーマンスが上がって誰といっしょだとうまくいかないのか、などなどが「見えて」くるわけなのです。これによって従業員さんの得意なことに効率よく取り組んでいただくようにするとか、新規の商談に対応するチームを社内選抜で組成するとか、人間関係に起因するトラブルを減らすようにするとか、企業にとっていろいろなシーンで活用が期待されます。

 海外の多くの国では、企業というのは競争に勝って持続的に利益を上げつづけるために存在します。従業員のダイバーシティを大切にする企業や、環境保護に積極的に貢献しようという企業が増えはじめています(SDGs)が、これもあくまでも「持続的に競争に勝ちつづけるため」の「手段」です。

 同じように「DX」も、海外企業では競争の手段です。「見える化」することで、価値創造に役立っている従業員や部署や製品・サービスに対して報酬や投資を厚くする。その反対に、あまり価値を創造できていないものに対しては改善策をとるし、改善のみこみが立たなければ、雇用契約を終了したり、他社に売却したりする。

 これは「DX」という流行語ができる前から、海外企業では行われてきたことですね。読者のみなさんの中にも、外資にお勤めになったり、あるいは買収した海外企業のPMI(買収後の統合)に携わったりして、海外企業の「見える化」へのエネルギーを経験したことがある方が多いと思います。M.ポーター先生の Value chain analysis も、Value adding activities と Non-value adding activities を峻別(しゅんべつ)するという話です。みなさんがBECで学ぶ「管理会計」も、要は「見える化」ですよね。またSAPさんやOracleさんなどのERPシステムや、SalesforceさんのSFA/CRMシステムなど、いま世界中のビジネスの基幹となっている仕組みは、とにかく「見える化」を進めるための道具です。

 米欧でこの「見える化」が進められた理由の一つが、打倒・日本企業でした。いまから30〜40年ほど前、エレクトロニクス(半導体)・自動車・家電などで圧倒的な製品力を実現して世界を席巻した日本メーカーに、米欧企業はたいへんな劣勢を強いられました。とはいえ日本企業と違い「集団の同調圧力」で従業員を支配できない以上、なんらか別の方法でマネジメントしなきゃね、ということで、「見える化」を基盤とした「公正な能力主義」を掲げるようになったわけです。

 (もちろん「能力主義」は、日本企業に勝つための方策というだけでなく、深刻な人種差別・女性差別などの解消の手段でもありました)

 海外企業が必死に「見える化」で日本企業を打倒しようと努力を始めたころ、日本ではバブル経済が崩壊しました。「もはやアメリカに学ぶことなどない」と豪語していた日本企業は一気にシュリンクしてしまい、その後IT化に対しても大胆な投資をすることができませんでした。80年代から「OA(オフィス・オートメーション)」は進みましたが、「オートメーション」と言っても名ばかりで、手書きをキーボードに変えただけだったため、「方眼紙excel」のような謎の風習がはびこり、2020年のいまでも「FAX」が圧倒的なオフィシャルパワーを誇っています。最近の「ハンコ廃止」も、たんに物理捺印をデジタル印章にかえるだけなので、あいかわらず「OA」のままで、「DX」はなかなか難しいですね。

 日本で「DX」が進まないのは、「DXが見える化であること」が正しく理解されているためだと思います。その背景には、業務上のログを「プライバシー」と感じる方が多いということがあります。終身雇用を前提とした日本の大企業は、従業員にとってこれまでは「生活の場」みたいなものでしたから、仕事上のイベントログも私生活の記録みたいに感じるんでしょうね。業務上のメールを上司に読まれるのを拒否する方とか、社用で交換した名刺をSansanなどの共有システムに供出するのを嫌がる方とか。この「公私混同」感覚こそ、数十年前に米欧企業が「みならいたくても真似できない」と諦めた点です。数十年前の工業時代は日本の強みでしたが、これからはどうなんでしょうか。

 「管理会計」が上すべりになっている「どんぶり勘定」の企業の課題も、根っこはまったくいっしょです。そういう企業での会計実務が長い方は、肌感覚で「DXブームも、どうせ一過性だろう」と思っておられると思います。

 現場を取り仕切っておられるみなさんがネガティブだと、「自己実現的予言」のように、日本ではDXは立ち消えてしまうかもしれません。ハンコは電子化され、紙の郵送やFAXはPDF送信に置き換わるかもしれませんが、「見える化」は進まない。

 友達と会話が盛り上がって、「あ〜、そのとき確か写真撮ったから、見せるよ!」となっても、「え〜っとあれは確か2年くらい前の・・・」とスマホを必死にスクロールしまくって写真を捜索する。外国の方々から「日本人は、どうして検索しないで、目視で探そうとするの?」と不思議がられる。DXしないというのは、そういうことです。

 とにかく日本の企業はデータをささっと検索できないから、すぐ「私たちの経験では」と人間の記憶だけに頼ろうとする。それじゃあ言ってることも信頼できないし、決断に時間かかりすぎるし、ビジネス相手としてはちょっと・・・そんなレッテルが貼られていくかもしれませんね。



(USCPA講座 草野 龍太郎 先生)
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