資格の学校TAC > TACメールマガジン > 米国公認会計士バックナンバー
86歳の冒険家・三浦雄一郎さんは、南米大陸最高峰「アコンカグア」の登頂を目指した。
標高6000メートル地点で山頂アタックに備えていたが、今月20日、ドクターストップにより登頂を断念し、下山。先日帰国された。
「もう体調良好です」と明るく語る三浦さん。心中の無念はいかばかりかと察するが、それを微塵も見せない。
「不動の明るさ」をここまで発揮してもらえると、スポンサー企業ふくむ関係者も、むしろ救われる。
悔しくて眠れない夜を何夜乗り越えたかで人間の迫力は決まる。「不動の明るさ」は、その迫力があってこそ、発することができるのだと信じている。
このことを尊敬する方から教えていただいてから何年も経つ。まだまだ「不動」は遠いものの、少なくとも「苦しみは糧(かて)だ」と思えるようにはなった。
そして、絶好調なときの自分を、自分の「標準」であると誤解することも、なくなってきた。つまり「不動」とは、
ダウンサイドリスクのコントロールだけでない。アップサイドリスクのマネジメントこそが大事なのだ。
「失意泰然、得意淡然」である。
「不動」を忘れ、できる自分を普通だと思いこんでしまう弊害のひとつは、「過去の栄光」がいつでもまたやってくると勘違いしてしまうことだ。
このため「損切り」の判断を誤ることになり、マイナス・スパイラルにはまっていく。「サンクコストの罠」である。
むかし「得意技」だったことがいつまでも決まるとは限らない。時の経過が「老い」をもたらし、コンペティターと差別化できていた往年の得意技は、
もうパワー炸裂しないのだ。
調子がよいときの自分には、自分を良く思ってない人たちも寄ってくる。しかしそれは「仕方なく」「我慢して」である。
「絶好調」はいっときのことであるから、自分を良く思っていない人たちは次第に去っていく。時には仕返しも襲ってくる。
そもそも仕事人生は「綱渡り」である。ほんのちょっとの怠慢や、意味のない意地が、大きな信用ロスや、個人ブランドダメージにつながるものだ。
だからこそ、「得意技」は日々改良し進化させなければならないし、さらに「新しい得意技」の開発も必要である
(難関資格を獲得するための努力も、その一環だ)。そして、人との縁を大事にし、仲間を信頼し、日々精進し続ける。
「失意泰然、得意淡然、不動の明るさ」。これは、試験勉強をやり抜くためのアドバイスではない。
つまり、資格獲得は、それ自体が目的なのではないということだ。
それも含めてすべて、「不動の明るさ」を発揮し続けられるヒトになる、その目的のための修行なのである。
なお三浦さんは、もろもろ建て直してエベレスト登頂を目指すという。草龍からみたら「神」だが、三浦さんご自身は
「まだ修行中だあ」とおっしゃるかもしれない、不動の笑みを輝かせながらね。