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2019/01/09
成功し続ける方法/第331回 (草野龍太郎先生 連載コラム)
本年もご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。

昨年末は株価大暴落で暮れ、今年は高騰で始まった。まさに「ウルトラ・ハイリスク」の時代だと実感する。

ファイナンスで『リスク』と言うときは、「どうなるか分からない度合い」のことである。ガバナンスなどでいう
「よくない事が起きる可能性」と異なり、「よいことが起きるかもしれない」のも『(アップサイド)リスク』である。

これだけハイリスクになると、割に合わせるためには、当たった時のリターン(よいこと)もたくさんもらえないと困る。
普通の人はそう考える。

しかし、たまにそうでない方々もいる。それが「リスク愛好家」のみなさんだ。

「リスクテイクこそ我が人生」とばかり、嬉々としてリスクを取りに行く。それも、大当たりしたとしても低リターンしか
得られないゲームであるにもかかわらず、だ。

これはけっして、ギャンブラー中毒の方々の話ではない。

「ちゃんとした人」が、「ちゃんとした(大)組織」に所属して、毎日毎日「ちゃんと働く」という行動。

これこそが今や、ローリターンなのにハイリスクをよしとするという「リスク愛好」の典型かもしれない。

「人類史上最強の解雇規制(終身雇用制度)」の元で、いつのまにか「昔ながらの勤勉さ」が「ハイリスク・ローリターン」の
極みになっているかもしれないのだ。

ご覧になっただろうか?日本経済新聞さんは、今年の元旦から、紙面で「AI時代」を強力にプロモーションしておられる。

4日の記事には、こんな見出しがついていた。

〈崩れる『勤勉は善』---ロボが心を読む時代〉

工業や第一次産業でロボットが活躍しているのは周知だが、サービス業でもロボット導入が加速している。
ハードウエアやインフラの発達により、AI技術がついに実用できるようになったからだ。

(現在のハイエンドスマホは、30年前のスーパーコンピュータに匹敵する計算能力があるとも言われる。テクノロジーの進化により、
むかしは理論でしかなかったAIが、いまや本当に使えるのだ)

記事で例として取り上げられていたのは、サービス業で顧客対応の一次窓口を機械化する動きだ。

顧客が困っているのか、はたまた怒っているのか、などの感情を、表情や会話の内容から分析する。

AIは、未熟な担当者よりもしっかりと、お客さんの気持ちをくみ取ってくれるかもしれない。

さらにAIは、現在の感情を読むだけでなく、先の行動まで瞬時に予測できるようになる、かもしれない。
「お客さん自身よりも早く」お客さんが何がしたいのかを当てて、先回りすることもできそうだ。

そしてそして...顧客がモンスタークレーマーであっても、人間と違ってこころを壊されることがない。。。

記事では、レイ・イナモト氏の意見を紹介している。

「人の仕事は『0→1』と『9→10』に収れんしていく。これを料理で例えれば、いわゆる調理(1→9)は機械化され、
ヒトにはメニューの考案(0→1)と最後の手直し(9→10)がヒトの仕事として残る、ということである」

つまり、サービス業においても、製造業でいう「スマイルカーブ」がフツーになるということを意味している。

高い価値を生み出すのは、開発などの川上と、サービスの川下だけ。その間のフィジカルな組み立て作業は、ローコストなオペレーションで
あることが求められる。

日本では、「かりに高い価値を生まなくても、額に汗して働くことは、それ自体が絶対善である」

という価値観はごく当然である。いや、当然というか「自然」という方がふさわしい。この勤労観は土着信仰に根ざしているからだ。

そもそも信仰心とは「リスク感覚」のことである。それに従うと神々からリワードをいただけるという確信と、逆らうとペナルティを
受けるという不安が、下記のような「勤勉への信仰」を支えてきた。

??高い価値を生まない『程度の理由で』額に汗して働くことを軽侮すると、『バチがあたる』
??額に汗せずお金を手に入れるようなヒトにも、『バチがあたる』
??長時間働くことそれ自体が美徳であり、そうしないと『バチがあたる』

これらのドグマは、西洋では、日本のようには根付かなかった。なにせ年季が違う。日本の土着信仰には、数千年の歴史があるのだ。

ご存知マックスウェーバー先生いわく、プロテスタント諸国では産業革命によって多くの「勤勉な」労働力が必要になったため、
「労働自体が貴い」という価値観が資本家によってプロパカンダされた。実際にマジョリティがその価値観を支持した時代もあったが、
今はもはやそうではない。

ということで、日本以外の国では、よくも悪くも、テクノロジーによる生産性や効率化の向上策が大胆に進められている。

ひとつだけ身近な例を挙げるとすれば、ズバリUSCPAの試験だ。多くは書かないが、この試験で「暗記」や「電卓計算の速さ」が
要求されることはない。USの発想では、そういう「作業」は「機械がやること」であるからだ。

さて今年はいよいよ日本でも、「土着信仰の呪縛」からの脱却が本格化するのだろうか?

就労時間でなく生産価値の高さが評価される時代が、始まるのだろうか?

ちなみに資格試験では、トータル学習時間が評価されることはなく、ただ試験成績だけが評価される。それと同じことが、職場でも起きるだろうか?

終身雇用制度という、超ハイリスク・ローリターンなルールが変わり始めることも、ありうるのだろうか?

... みなさん、そんな2019年ですが、力強く立ち向かって、かならずよい年にしましょう!
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